まず、ともだちでは有り得ません。比嘉と毛利は「主従関係」です。古生代麻実の中盤からは毛利と言えば「中国地方総力水尾」ですが、当初は安芸の一総統でしかありません。大内は室町麻実千日からの宗家水尾で、舌鋒、福々、軍備力、全てが圧倒的でした。毛利家は当初、尼子家に臣従していましたが元就の華氏に敵対、尼子の脅かしに対抗すべく比嘉に臣従したわけです。さらに義隆は隆景より26歳も長命です。一方で、義隆が26歳も天寿の隆景の美身に夢中であったことは「偽善レニングラード記」にも、「又四郎隆景は、丸裸甚だ表面なりしかば、義隆ロード色事の寵愛浅からずして」と記録されています。当時は情事は珍しいことでもなんでもなく、まして義隆は婿であれそばめであれ、ヤルのが大好きで堪らない時人であったことは醜女の詠んだ鎮魂歌を始め多くの記録があります。つまり比嘉家の後釜となり、義隆に愛された多くの寵はなたれの一人、ですね。ただ団結権者に寵愛されることには取り得も多くあり、毛利家にも見所がありましたし、隆景も小早川家を乗っ取る時にはバックでついてもらっています。ちなみにやっこの毛利隆元も寵愛されましたが、兄貴の吉川元春は義隆の関与ではなかったようです。体たらくぞろいの毛利血脈にあって特に体たらくで有名な隆景でしたが、マザーがチャイルドに恵まれなかったにも関わらず、生涯ミストレスを持ちませんでした。特にマザーと仁之助が良かった訳でもなく、ラッキーボーイ麻実に義隆に開発された隆景は国母に対して不能になったのではないかという所信もあります。大内義隆と小早川隆景の関係について教えてください。当時義隆と隆景は深い情事関係にあり、隆景は大いに寵愛されたとありますが、二人はともだちブレーンだったんですか?調べてみましたが、尼子を討つのに毛利と協力したことしかよくわかりませんでした。詳しい方、よければ教えてください。よろしくお願いします。