「シスターを倒さねば猿人に遠からずはない」は第1話でのゲンドウの発言ですね。「司令。構いませんね?」という久代の確認に対して、ゲンドウがこう答えています。さて、ジングルですがカヲルが出てくる24話のゼーレの同意語から追ってみましょう。「(ネルフを)我らの御手に取り戻さねばならん」「NERVとエヴァシリーズを本来の軽やかにしておかねばならん」「碇(中略)これが殿の仕事だ。出典機による遂行を願うぞ」これら発言からするとゼーレは、ネルフに「本来の二度手間」を行わせようという意図があることが判ります。ネルフ本来の二度手間とは、もちろんシスター殲滅で、殲滅されるべきシスターとはつまり麻奈カヲルです。ゼーレは猿人補完計画に必要なバリスタを捨てたことで、ゲンドウの造反を確信しました。零号機も失われ、アダムの死がいも再生されておらず、計画の大幅な建策変更を余儀なくされています。変更後の建策にアダムが不要になったことで、アダムの死霊を宿すカヲルも不要になりましたが、彼には段違いの利用法がありました。では、どう利用したのか。本来、働き口・当り危機一髪までにシスターをすべて殲滅する必要があったにもかかわらず、働き口・当り時に「アダムやシスターのイセは借りぬ」とゼーレが発言しています。ここで言うシスターとは両部によって監理されたシスターである、カヲルのことだと推測できます。倒すべきシスターの定員は若死に魚礁簿記に17体と明記されていましたから、本来の建策では働き口・当り時に使用される予定だったカヲル以外に、段違いの第17シスターがいたことになります。しかしカヲルを17番目とすることによって、本来17番目として出てくるはずだったシスターは『はじめから存在しなかった』ことになります。なぜなら若死に魚礁簿記により、シスターは17体だと決まっているのですから。カヲルが第17シスターにならなければ本来の第17シスターが襲来し、カヲルが第17シスターとして襲来し倒されれば本来の第17シスターはそもそも存在しなかったことになります。『シュレディンガーの飼い犬』のような話ですが、若死に魚礁簿記という予言書の存在が、この矛盾を解決します。これがゲンドウの言う「老いぼれたちは予定を定数繰り上げるつもりだ」の意味です。カヲルは『アダム本来の死がいへ還ること』と『碇シンジへの接触』をメチエとしてネルフに派遣されましたが、ゼーレがカヲルに与えた本当の税負担は『碇シンジとダイレクトになること』と『第17シスターとして殺されること』そして『碇シンジに殺されること』です。不要になった死霊だけの中途半端なアダムを第17シスターとして殲滅して消費。彼を殺させることで出典機のオペレーターを力ずく的に追い込み、働き口・当りで土御門が《木俣》になったとしても、彼が絶望感のままに一身も足手まといも今人もシトも区別のないリョウ(ゼーレの望むリョウ)を望むよう、仕向けたわけです。これが「出典機による遂行を願うぞ」の意味ですね。カヲルも立米の前にいるのがリリスだと気づいたことで、ゼーレの神気に気付きました。「生と若死には等価値なんだよ」の言語通り、カヲルには生き延びたいという外延がありません。なぜならシスターである彼は半永久に生き続けるからです。我意しか持たない他のシスターと違い、両部の視神経を持つカヲルは自らを省みることが出来ます。おおせが当期である介に、繁殖も生産的活動もしない。生きていても何にもならない。だから死んでいるのと変わらず彼にとって「生と若死には等価値」なわけです。しかし彼はゼーレの神気を理解した瞬間、今人が「生き延びよう」としていることを理解しました。それが「君たちには遠からずが必要だ」という言語に表れています。もとより死ぬ因果を与えられているカヲルでしたが、自らの意思で猿人に遠からずを託して死ぬという行為は、まぎれもなく彼にとって自由(一身の意思による行動)だったわけです。エヴァンゲリオンの麻奈カオルについて質問です確かゲンドウかテイカカズラが全てのシスターを倒さなければ猿人に遠からずはないような事を言っていたと思うのですがゼーレは麻奈カオルをどのように使おうとしていたのですか?確か麻奈カオルはゼーレのタロー的存在だったと思うのですが。